【YouTube和歌山バス(公式)チャンネル】
和歌山バス 情熱を胸にハンドルを!
和歌山市に拠点を置くバス会社、和歌山バスの運転士の仕事を紹介する動画です。バス運転士が不足しています。地域の公共交通を守るため、少しでも志ある方のご応募、ご応援をお待ちしております。
和歌山市に拠点を置くバス会社、和歌山バスの運転士の仕事を紹介する動画です。バス運転士が不足しています。地域の公共交通を守るため、少しでも志ある方のご応募、ご応援をお待ちしております。
趣味はユーカリの栽培と畑。 年中半袖で、和歌山バスの元気印を目指しています!
前職は、大阪の大手スイミングクラブのインストラクターとして10年勤務。高校進学と同時に選手を辞めて水泳のコーチとして携わり、卒業後もそのまま専任で受け持ちました。他、Wワークでコンビニ夜勤、某大手喫茶店チェーン、空港レンタカー店でも働いた経緯があります。高校が英語科だったこともあり、友人がいるオーストラリアへよく行っていました。その時の細かな移動手段はバス。現地の方はみんなバスを降りる時に「Thank you!」運転手も「Thank you!」そんな気持ちの良いやりとりが強く印象に残っていました。人と関わることが好きで、人のお役に立てる、人に喜んでもらえる仕事を探していたところ・・・、自分は当バスを昔から魚釣りで利用し地理もわかり馴染みもある。地域の皆さんの足になれるこの仕事こそ素敵なんじゃないかと思い立ち、当社へ入社しました。
唐突ですが、私の趣味はコアラが好きなユーカリの研究・栽培と小6から続ける野菜作り。大阪で借りた畑では飽き足らず、和歌山の畑にも進出し、ついには2021年に移住しました。和歌山の温かさに包まれていくうちに、オーストラリアでのバスの思い出がよみがえり、バスの運転手に憧れていったわけですが、入社の決め手の一つに勤務体系もあります。休み前日のシフトは、午前で終わったり午後からの勤務だったりするので、その空いた半日を私の癒しでもあるユーカリの研究や畑、釣りなど趣味の時間に使えています。Wワーク時代に培ったスキマ時間を埋めていくスキルを活かしオフの時間もバッチリ。ワークライフバランスが充実できる勤務体系も最高です。
これからも安全第一で、事故せずに日々安全運転で終わりたいです。
前職は自動車のディーラーに勤務していましたが、体調を崩して退社。再就職を考えた時、クルマの運転が好きだったので大型トラックやタンクローリーに乗ってみたいなと考えていましたが、友人から「バス運転士の募集がある」と聞いて興味を持ちました。応募の決め手は、バスはお客さんが自分で乗って降りてくれるので荷積みがないことと、「和歌山バス」は地元でも有名で安心感があったこと。そして、当時は結婚したばかりだったので、「バス運転士」なら全国どこに行っても何の仕事をしているかわかってもらえる点が魅力でした。先に大型免許と2種免許を取得してから応募し、29歳で中途入社しました。
「はたらくクルマ」の運転に憧れて、路線バスひと筋
前職は産業機器メーカーの営業職をしていました。いい会社でしたが結果が出せないと居づらさを感じる数字の世界で、転職を決意。次に何をするか・・。実は23歳の時に大型2種免許を自費で取得していたんです。と、いうのも子どもの頃から車、特にトラックやバス、建機など「はたらくクルマ」が大好きで、運転に興味があったからです。自分はトラックに乗りたかったのですが、家庭があり、子育て生活が間近に。そこで「毎日帰って来られる」路線バスの運転士を選び、2002年に入社しました。
「南海グループ」という安定・安心の環境で、子どものころからの憧れを実現!
前職はパワーショベルの部品など、金属部品加工メーカーでプレス加工をしていて生産管理も任されていました。子どものころから乗り物が好きでバスや電車の運転手になりたくて「憧れ」が捨てきれず、いつかは転職したいと思っていたところに、和歌山バスのHPを見て、先輩のインタビュー記事も見て転職者が多い安心感もあって「やってみようか」、また、地域の足として自分も社会貢献したいと思って「免許取得支援制度」にも背中を押されて、応募を決めました。
養成コースで免許取得後は、車の運転も好きだったこともあり、今ではリムジン、夜行バスでTDLや鎌倉へも行っています。夜行バスなどは希望があればですが、練習を重ねれば抜擢して頂けるようになりますし、生活が不規則になって、眠くなっても3~4ヵ月で体も慣れてきます。
面接時にバス運転体験会があるので、ぜひ「やれそう!」と実感をつかんでください
前職は食品の宅配会社で、1.5t車で一般住宅に配送する営業兼ドライバーです。普通免許でできる仕事でした。基本は和歌山エリア内ですが、県外に新規営業所がオープンすると長くて半年、そちらへ応援の形で赴任していました。ある日、たまたま和歌山バスの運転士募集広告が目に留まり、大きな車両の運転にも興味があって、さっそくHPも見て「2種免許取得支援」が決め手になって応募しました。さらに、面接時に構内でバス乗務体験会があり、実際に運転して「できそう!」と思ったのが入社の経緯です。家族も「いいじゃない♪」と、喜んでくれました。
長年勤めていた会社が倒産、そんなときに出会った、なくならない仕事
高校を卒業してずっと務めていた食品スーパーが民事再生手続きに入り失業という事態に。ハローワークで数社当たった中で、和歌山バスは高校以来の友人がドライバーで活躍していたこともあり、元々運転が好きで、スーパーがなくなってもバス会社がこの世からなくなることはないだろうと入社を決めました。「安定」が大きなキーワードになりましたね。地元安定企業ということもありさぞ家族も喜んでくれるだろうと思いきや、えっ!?という感じで心配されました(笑)
実は一旦離職したのですが、半年後に再入社させていただきました。
運転が好きとか車は好きという方ではなく、未知の世界へのチャレンジでした。家庭の都合で正社員として働きにくい環境にあり、アルバイトを二つ掛け持ちしていたところ、今も運転士として活躍している地元消防団の先輩に和歌山バスを紹介していただきました。母親に相談したところ、昔から馴染み深くしっかりしている印象があり、地域密着の当社にぜひ行ってほしい、安心させてほしいとの声もあり、その先輩に相談して「ハラくくってやるならそれでいいじゃない」と、先輩を通じて入社し、養成コースで免許を取得しました。
私の「これまで」が、和歌山バスの「これから」になる。
元来、乗り物関係が好きで、前職も自動車教習所の指導員。和歌山バスへ入社したきっかけは、偶然、和歌山バスの後ろを車で走ったときに目にした「乗務員募集」の広告です。実は、教習所の指導員になる際は、バスや電車関係の仕事と迷いに迷い、指導員になってからもバスや電車関係の仕事への憧れをずっと持ち続けていました。和歌山バスの広告を見て、バスへの想いが再び強くなり、和歌山バスへの応募を決断した旨を家族に相談したところ、反対の声も上がらず、逆に「好きなことをやってみたら」と背中を押してくれたのです。2002年、念願のバス運転士デビューを果たしました。その後、路線バスの運転士を務めながら、高速バスやリムジンバスを運転する「高速バス運転士」へとステップアップし、当社のすべてのバス乗務を経験しています。
明かるい未来へ向かって走れる環境が、ここにはあります。
前職は、トラックドライバーでした。小さいころからバス運転士への憧れがあり、前の会社を退職したのを機に、何か資格を取ろうと、大型2種免許取得のために通っていた自動車学校で和歌山バス運転士の募集広告を見て応募を決意。和歌山バスは地元で有名な企業だったので、入社前から知っていました。プライベートの変化も転職理由のひとつです。2018年に入社してスタート。和歌山バスは職場環境が抜群で、みんな親切に教えてくれますし、和気あいあいとしており、すぐに職場に馴染めました。とはいえ、やはり初めて一人でバスを運転したときは非常に緊張し、先輩からの丁寧な指導や、「こうやったらええよ」といったアドバイスをもらいながら、少しずつ成長したことを覚えています。
遠方出身者の受け入れ態勢も万全。憧れの運転士として走り続けます。
以前、住宅調査会社に勤めていたときに社長の挨拶回りの運転を任されたことをきっかけに、人を乗せて運転する仕事を志しました。前職に勤める前もレンタカー店舗や塾の送迎などの経験はあったものの、運転していたのは乗用車ばかり。「まずは大型バスに乗る体験をしてみたい!」と検索したところ、常時受付をしていたのが和歌山バスでした。問い合わせの電話をするには、少し勇気がいりました。実は私、当時は出身地である九州に住んでいたので「そんなに遠方から来られても…」と断られてしまうと思っていたのです。しかし、「いらっしゃるのは大変かもしれませんが、来ていただいて構いませんよ」と快く受け入れてもらえて、体験日当日もしっかりと準備をして迎えてくださり、私の納得のいくまで1、2時間も車庫の周りを運転させてくれました。親身であたたかい社風に惹かれ、九州に戻ってから正式に応募するのに迷いはなったと記憶しています。
介護職からバス運転士へ。「人の役に立てる仕事」がキーワード。
前職の介護業界は、自身の仕事選びの指針である「人の役に立つ」をキーワードに選びました。介護の仕事は非常にやりがいがある一方で、やはり体力勝負の世界です。当時の年齢である30代半ばのパフォーマンスを10年・20年先も保てるのか不安があり転職を決意しました。人の役に立てるかどうかを基準に仕事を探し始めたところ、目に飛び込んできたのが普段通勤で利用していた和歌山バスの運転士の姿だったのです。大きな車体を器用に動かし、お客様への配慮も忘れない、機敏に動く運転士の仕事ぶりを垣間見て、バス運転士も人の役に立てる仕事だと確信しました。さらに、和歌山バスには私のように乗用車しか運転したことのない人でも安心して始められる養成制度があります。ベテランの運転士も多く、和歌山バスなら定年までハンドルを握れると思い応募しました。
昔はハサミを、去年まではハンドルを握り、今はバス運転士の心を掴んでいます。
入社する前は、美容師をしていました。畑違いからの転職ですが、結婚して2人目の子どもが生まれて生活を落ち着かせたいと思い転職を決意。妻の父が2008年から和歌山バスで勤務しており、私自身運転を苦にするタイプではありませんでしたし、義父の話からしっかりした会社だとわかり、生活が安定すると感じ入社しました。もし義父から紹介してもらわなければ和歌山バスと出会わなかったかもしれないので、まさにご縁です。美容師に関連した仕事との考えもありましたが、私の中で新しいことにチャレンジしたいという想いが強かったことも入社を後押ししました。実際に入ってみて、畑違いというのもあり、大変な部分や不安な部分は多かったものの、日々の勤務を通し、少しずつ不安が解消したことを覚えています。
地域の足として市民の暮らしを支える誇りを胸に。
家族との時間を増やしたいと考え和歌山バスに転職しました。社会的に重要な役割を担う公共交通機関であるバスの運転士にやりがいを感じたことと、南海電鉄グループで安定感バツグンの環境で働けることも選んだ理由です。前職でトラックの運転をしていたこともあり、バスの運転自体にはすぐ慣れ、接客・マナーは入社してから丁寧に教わりましたが、やはり実際にお客様とのふれあいを通してどんどん身についていきました。心がけているのは、自分や自分の家族をお客として乗せている気持ちでハンドルを握ることです。車内は快適か、揺れていないか、安心感を与えられているか。お客様は必要以上のスピードを求めていません。丁寧に、しっかり運転し、無事に目的地までお送りすることが何より大切です。
「お客様ファースト」をいつも心に留めています。
私が和歌山バスに入社したのは2000年です。現在、「一般路線バス」をはじめ、「高速バス」や「リムジンバス」など、現場の状況に応じて運転しています。和歌山バスを選んだ一番の理由は「南海電鉄グループ」という安定性と将来性です。そんな環境の中で正社員として働けることが最大の魅力だと感じています。降りる際にお客様から「ありがとう」をいただくことは、ありがたいことに結構な割合でありますが、降車後に少し歩かれてからバスの方をわざわざ振り返られ、ペコッと頭を下げていただいたことは驚いたのと同時にとてもうれしく思いました。今も強く印象に残っています。